――「出世指南書」に見えて実は警告書/JTC(Japan Traditional Corporation)という生態系のリアル――
あなたの手にあるこの本は、世にあふれる「三十代で部長に」「年収一千万円の壁を超える」類いの成功マニュアルではない。むしろ逆だ。ここに記すのは、出世レースを最速で駆け抜けたはずの男が、最後に見た薄暗いゴールテープである。しかも彼は途中まで、自分が選んだ道が“最短距離”だと疑わなかった。それどころか、家族を二の次にし、週末をゴルフと接待で埋め、部下の失敗をネタに自らの手柄を盛り、ハラスメントを「昔はこれが普通」と笑い飛ばしてきた――そう、どこにでもいる“勝ち組”だ。
読者のあなたには最初に断っておきたい。本書は「真似してください」とは一言も言わない。本書は、昭和の香りを色濃く残す日本型大企業、ここでは便宜上「JTC(Japan Traditional Corporation)」と呼ぶ組織で起きている現象を、あえて戯画化して描いたものだ。けれど、戯画は誇張でありながら真実の輪郭を露わにする。
JTCの世界では、年功と序列と空気がすべてを支配する。会議では本質よりも根回しが重視され、飲み会での発言が翌日の評価面談に影響する。上司の好物を覚えることはKPIより大事だし、ゴルフ場での“忖度ショット”は社内システムの提案書より高く評価される。こうしたルールは就業規則には書かれていないが、空気として社員の血肉に染み込み、“伝統”として継承される。
もちろん、この生態系には恩恵もある。終身雇用への期待、手厚い福利厚生、そして「察してくれる」人間関係。だが、それは組織の外に広がる新しい価値観、市場原理、ダイバーシティの波に対してひどく脆弱だ。JTCでの出世街道は、組織という巨大な惑星の中だけで通用する重力法則の上に築かれている。惑星の外に出た瞬間、その法則は無効になる。
本書が目指すのは二つ。
一つ目は、JTCという閉ざされた生態系の滑稽さを笑いに昇華しながらも、その笑いの底に潜む“冷たい教訓”を浮かび上がらせること。
二つ目は、読者が自らのキャリアと人生を点検する鏡を提供すること。あなたがもしこの男と同じレールを走っているなら、あるいは走るよう勧められているなら、その行き先がどこなのかを知る機会にしてほしい。
これは成功物語ではない。警告書であり、風刺でもあり、そして何より、組織の常識を疑うためのトリガーだ。JTCの出世街道に潜む落とし穴を知った上で、それでも歩むか、別の道を切り拓くか。選択の主導権は、あなた自身にある。