#8 第1章 人はなぜ“後出しジャンケン”を好むのか ── 心理学的背景と意思決定プロセスの盲点

1-1 後知恵バイアスの正体

1-1-1 出来事を「当たり前」に再解釈する脳の仕組み

人は何かが起きたあとで、その結果を「最初から分かっていた」と錯覚しがちだ。これは記憶の再構築機能に起因する。脳は事後情報を優先して取り込み、事前の不確実性や迷いを曖昧化することで、一貫した物語として過去を再解釈する。そのため、失敗の要因は記憶から薄れ、成功は「自分の正しい判断」に書き換えられる。結果として、リスクの大きさを過小評価し、次の意思決定でも同じ過ちを繰り返す温床が生まれる。

1-1-2 過去を美化し、リスク把握を歪めるメカニズム

後知恵バイアスは、単に事後情報を優先するだけでなく、過去の失敗要因を無意識に切り捨てる。たとえば、企画失敗後に「どうしてもっと調査しなかったのか」と自分を責める一方で、当時の時間やコスト制約、情報不足の状況は記憶から消え去る。このギャップが、「次は大丈夫」という過信を生み、リスク管理の意識を甘くする。結果論を繰り返す組織では、この歪みによって同じ失敗パターンが累積しやすい。

1-2 報酬回路が後出しを誘発する理由

1-2-1 ドーパミンと「正しかった」の快感

人間の脳には、成功体験を報酬として刻印するドーパミン報酬系が備わっている。結果論で「自分の予測は当たっていた」と感じると、脳は即座にドーパミンを放出し、快感を覚える。この快感は無意識に強化学習として蓄積され、後出しの正しさを追求する動機を強める。反対に、新しいリスクに挑むときには未知へのストレスでドーパミン放出が減少し、安易な結果論が心理的な逃げ道として機能してしまう。

1-2-2 自己肯定感維持のための無意識的な選択

結果論は自尊心を守る盾にもなる。意思決定が裏目に出たとき、「最初から言っていた」というフレーズを使うことで、自分の判断力が否定されることを避けられる。これは無意識的な自己防衛反応であり、批判や失敗への不安を軽減する。しかし、この選択を繰り返すほど、新しい挑戦に踏み出す勇気は失われ、組織や個人の成長が停滞してしまう。

1-3 意思決定プロセスに潜む盲点

1-3-1 事前情報の不足と認知バイアスの連鎖

多忙なビジネス現場では、十分な情報収集よりも早さや効率が優先されることが少なくない。この過程で生じる確認不足やデータの偏りが、代表性バイアスや確証バイアスを誘発し、本来把握すべきリスクが見落とされる。一度バイアスがかかると、意思決定のたびに同じ歪みが再生産され、結果として結果論でしか検証できない状況を生む。

1-3-2 グループシンクと責任分散の罠

組織では合意形成を優先するあまり、一部の懸念が表面化しにくくなる。これをグループシンクと呼ぶ。異論や反対意見が抑え込まれると、本来指摘されるべきリスクまで黙殺され、プロジェクトは危険な決断を下しやすくなる。さらに、集団での意思決定は責任が曖昧になり、失敗時には「みんなの判断だった」と責任を分散する言い訳材料として結果論を利用する土壌ができあがる。

1-4 責任回避としての“あと付け正当化”

1-4-1 失敗時の言い訳フレーズが生まれる背景

「だから言ったじゃん」という言葉は、批判の矛先を自分からそらし、他者や環境要因に責任を転嫁するための定型句だ。失敗直後の焦燥感が強いほど、人は手軽な言い訳フレーズを求める。こうしたフレーズが組織文化に浸透すると、事前の検証不足や意思決定プロセスの欠陥には触れられず、表層的な責任回避に終始してしまう。

1-4-2 成功–失敗の両面で使われる“安全策”的後出し

結果論は失敗時だけでなく、成功時にも用いられる。成功した場合には「見えていた通りに進んだ」と語り、成功要因を自分の手柄にしやすい。これは組織の学びを阻害し、成功パターンの偶発性や条件を検証せずに均質化してしまう。結果として、再現性の低い“偶然の成功”が固定化され、次のチャレンジに必要な洞察が得られなくなる。

1-5 組織文化と社会的プレッシャー

1-5-1 「ミスを指摘しない文化」が育む後出し習慣

日本企業に限らず、ミスを表立って指摘しない風土がある組織では、問題点が先送りされがちだ。周囲からの反発や恥を恐れて声を上げづらく、失敗後に後知恵バイアスの言い訳を共有し合うことが“安全策”として定着してしまう。これが組織全体を保守的にし、新しい挑戦を拒む文化を醸成する。

1-5-2 評価制度とフィードバックプロセスの矛盾

多くの企業で、評価は結果に大きく依存している。そのため、プロセスやリスク管理への取り組みが十分に評価されず、成果のみが報われる。この仕組みが、後出しジャンケン的な評価慣習を助長し、失敗時には結果論で責任を回避し、成功時には結果論で自己肯定を図る「成果至上主義的思考」を固定化する。

1-6 本章のまとめと次章への架け橋

後出しジャンケンの根底には、人間の脳が持つ記憶の再構築機能と報酬回路、さらに組織文化や評価制度による圧力が複合的に絡み合っている。これらを理解することで、なぜ自分やチームが結果論に頼ってしまうのかが明確になった。次章では、こうした盲点を打破し、未来を先読みするための逆算思考とリスク可視化の具体的手法を詳しく解説していく。

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